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 ■撮影記&トピックス

10月24日(土)

25日の運転をもって、定期運行を終了した紀州鉄道のキハ603。
49年間の最後の力走を、息子と一緒に乗って、撮ってきました。

▲24日、25日の2日間は、「惜別」の特製HMが付けられました。
  地元有志ファンの手作り、との事です。

▲普段とは少し違う雰囲気の中、いつもの2.7kmの路線を往復しました。
▲最終運行前日の24日、地元の方もキハ603のことが気になっていた様子。
  HMが付けられた同車にエールを送っているようでした。

▲紀伊御坊駅。「休車中」のキハ604と、遠来(?)の家族連れが待つホームにキハ603が入ってきました。
  (息子に撮ってもらいました)


今後の保存の動きについてはいろいろな困難があり、非常に厳しい状況のようです。
最後の活躍の様子を、家族連れや地元の方、そして多くの鉄道ファンが乗車や撮影を通じて、記憶の中に大切にしまっているようでした。

49年という長い期間を一線で活躍できたこと、そしてラストランを暖かい声援で迎えられたキハ603は、とても幸せな鉄道車両だったかと思います。

お疲れ様でした・・・。


10月11日(日)

約一ヶ月振りに紀州鉄道のキハ603撮影に出かけてきました。

まず朝のうちは、地元紀勢本線での撮影。
雲ひとつ無い青空が広がっている下で、紀勢貨物まで撮影しました。

▲326D。

▲857号機牽引の2089レ。

一旦、帰宅して遠征準備(?)を整えてから、御坊へ。

途中、岩代付近で昼食を取りながら、きのくに線を展望台が撮影。
台風が通過した後で、水平線がきれいに出ていました。

しかし、雲が少しずつ出てきました・・・。

▲御坊〜紀伊田辺間の普通電車は、113系改造のワンマン2両編成。(2355M)


紀州鉄道沿線に到着。

9月で営業運転が終了・・・との噂もあったキハ603は、10月に入っても活躍中。
この日も熱心なファンが、沿線のあちこちでカメラを向けていました。

増えてきた雲が時折、影を落とし、そのの行方を気にしながら、今回も(?)刻々と姿・形を変えて行く、空を大きく入れてみました。






10月10日(土)

JR東海のさわやかウォーキングが、熊野市の通り峠・丸山千枚田で開催されました。
2日前に通過した台風18号の影響も、コースには小さかったようで、晴天の下に大勢の参加者で賑わいました。

名古屋方面からは、キハ75×4両の臨時快速が運転されましたが、私は台風の後片付けがあったので、撮影出来ず・・・。
片付けを済ましてから、熊野市駅へ向かいました。

今回のコース、スタート地点が熊野市駅から遠い為、バスが動員されて参加者を輸送しました。

▲臨時快速到着前の熊野市駅。

三重交通と熊野交通、合わせて14両の貸切バスが熊野市駅と通り峠の間を結びました。
三重交通は、松阪及び伊勢(南部観光)からの応援も駆けつけていました。

臨時快速から降りた参加者は、まずは受付へ。
あっという間に行列が出来ました。

満員になったバスからスタート地点に向かいます。
行き交う車や歩行者の状況を確認しながらの交通整理も大変です。

ゴール地点。参加者はここから再び熊野市駅へ、バスで向かいます。

今年は、紅葉が例年より早いとの事。ところどころ色付き始めているところもあります。
とは言え、まだまだ木々は緑が主体です。



以下、当日見られたバスの中から、2両ほどピックアップ。
▲三交南紀交通の貸切車。【いすゞ U-LV771R】

▲熊野交通の新型セレガ。【日野 PKG-RU1ESAA】

10月4日(日)

JRバスから明光バスに引継がれた「熊野線」の様子を見に行ってきました。
まずは、栗栖川へ。
8:44着、折返し9:10発の便で待機していたのでは、RXリエッセ126号車。
立席定員無しの小型車登録車です。
JRバス末期には中型車のLRやMKが使用されていましたが、日中の閑散時間帯ではマイクロ車でも十分に事足りてしまう状況のようです。
9月上旬に通りかかった際に、引継ぎを前に明光バスの乗務員さん達がルートの確認をしているのを見かけ、その時にもRXリエッセが使われており、「どうなるんやろ?」と思ったのですが、利用者減の厳しい状況を目の当たりにしました。

ただ全てがマイクロ車による運用になった訳ではなく、この日の田辺駅10:25発の便にはワンステップのRJ76号車が使用されていました。
休憩中の乗務員さんにお話を伺うと通学時間帯など利用の多い便には中型車が使用されているとの
事でした。


親切にお話いただいた乗務員さんに御礼を述べ、田辺駅方面へ。
バス停も当然の如く、明光バスの標準タイプに衣替えしています。
JRバス時代のものを利用し、バス停名や事業社名を印刷したシートを貼っているようでした。JRバス時代の塗装仕上げによる痕が僅かに確認できます。
尚、新しいバス停では本宮方面まで直通する、龍神バスとの共同使用になっています。

田辺駅ですが、JRバスのりばは上屋は残っているものの、時刻表や行先案内などの掲示物は撤去もしくはテープがされていました。
栗栖川行きは、従来からの明光バスのりばに集約され、神戸行き高速バスの廃止と共に明光バス側の看板がリニューアルされて掲出されていました。

JRバス紀伊田辺営業所には、熊野線での運用を終えた車両が並んでおり、今後の動向が気になります。
新天地での活躍はあるのでしょうか・・・。



再び栗栖川へ。
運行本数は変わらないものの、ダイヤは小変更されており、栗栖川発の時間にJRバス時代との違いが見られます。
途中のバス停で、時刻をメモしている、地元の利用者であろう方を見かけました。

JR時代に「栗栖川駅」という名称だった建物は、そのまま残っていますが、駅名看板や立派な時刻表は姿を消していました。
当然と言えば、当然ですが、JRバス撤退を実感します・・・。
また明光バスに引継がれてから、栗栖川での宿泊は無くなったそうです。
因みに2002年3月にJRバスが撤退した、旧熊野本宮駅は龍神バスの宿泊所として、現在も使用されています。

栗栖川で龍神バスと接続する便があるのは、従来通り。
JRバス+龍神というツーショットから、明光バス+龍神という光景がこれからの日常として、当たり前の光景になっていくのだなと感じました。

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