|撮影日記|紀伊半島のバス紀伊半島の鉄道バス情報掲示板リンク更新履歴自己紹介他HOME
 ■撮影記&トピックス

3月31日(日) 『紀勢貨物を振り返る(1)』

2013年3月のダイヤ改正で廃止された紀勢貨物。
少しずつ、振り返っていきたいと思います。

今回は最後の1年間で見られた原色機を紹介します。

2012年3月時点での愛知機関区でのDD51配置両数は20両。
その内、原色機の稼動数は5両となっており、占める割合は1/4という状況でした。


▲DD51 847 【PENTAX K-5】 2013.3.8撮影

1972年7月18日新製 三菱重工 切抜文字
新製配置:厚狭→99年愛知

12年5月9日充当、以降12年12月17日まで充当無し。
年明けの運転再開1日目に抜擢、終盤までコンスタントに運用に入りました。
13年3月8日が最終登板。


 
▲DD51 852 【PENTAX K-5】 2012.12.11撮影

1972年8月29日新製 三菱重工 切抜文字
新製配置:厚狭→12年愛知

12年3月29日、紀勢貨物初充当。
最終日の13年3月15日に、栄誉ある牽引機に使用されました。


 
▲DD51 853 【PENTAX K-5】 2012.11.20撮影

1972年9月6日新製 三菱重工 切抜文字
新製配置:厚狭→11年愛知

11年12月12日、紀勢貨物初充当。
3月14日が最終登板でした。


 
▲DD51 889 【PENTAX K-5】 2013.2.23撮影

1978年3月3日新製 日立製作所 白プレート
新製配置:佐倉→→88年稲沢→95年愛知

コンスタントに紀勢に登板していたように思います。
13年2月23日が最終登板。


▲DD51 1805 【PENTAX K-10D】 2013.3.9撮影

1978年3月23日新製 三菱重工 白プレート
新製配置:佐倉→96年愛知→00年吹田→10年愛知

吹田から転属以降は、紀勢貨物の常連だった気がします。
ただ終盤の12年12月以降は紀勢に姿を見せることが無かったのですが、
廃止間際の3月9日、奇跡的に最後の充当がされました。


 
 

3月16日(土) 『近鉄 観光特急しまかぜ』

3月21日にデビューとなった、近鉄の新型観光特急「しまかぜ」。

紀勢貨物最終運転日の余韻もさめないまま、息子を連れて撮影に出かけました。
この16日はデビュー前でしたが、有料試乗会が開催されており、大阪と名古屋からそれぞれ運転されていました。

今回は、その「しまかぜ」を中心として近鉄特急を中心に紹介いたします。

まずは往路の撮影。
2編成とも撮影できる、伊勢中川以南の山田線にて迎えました。


▲12600系 【PENTAX K-5】

撮影場所に到着して最初にやってきたのが12600系。

赤地に白文字の行先表示が残るのは当系列のみ。
しかも2編成のみという車種にあたるのは幸先の良いスタート。


 
▲50000系「しまかぜ」 【PENTAX K-5】

先に名古屋からの試乗会列車がやってきました。
初めて見る「しまかぜ」、なかなかかっこ良いですねえ。


大阪上本町からの列車は、アングルを変えて撮影しようと思い、ほんの少し移動。
しかし、これが思わぬアクシデントに・・・。


 
▲23000系「伊勢志摩ライナー」 【PENTAX K-5】

アングルを変えてからやってきたのは、「伊勢志摩ライナー」。
18年振りのリニューアル工事が進められており、↑の編成もリニューアル施工済み。


 
▲12200系 【PENTAX K-5】

1969年〜1976年にかけて製造された12200系。
最終増備から37年が経過していますが、汎用特急車としての活躍が続いています。

この前パン車をうまく撮影できた時は、嬉しく思っちゃいます。


 
▲30000系「ビスタEX」 【PENTAX K-5】

ダブルデッカー構造をもつビスタカー。
伊勢・志摩方面の特急でも目にする機会の多い車両です。


 
▲23000系「伊勢志摩ライナー」 【PENTAX K-5】

こちらもリニューアルされた「伊勢志摩ライナー」。
オリジナル車は黄色でしたが、大胆な赤い色をまといました。

リニューアル車にも黄色の編成が登場していますが、色味自体がやや異なるように思います。


 
▲50000系「しまかぜ」 【PENTAX K-5】

大阪上本町からの試乗会列車。

前頭部がギラリと輝きました。
順光以外でも太陽光の反射などで個性的な姿を映すことが出来そうです。


 
▲22000系「ACE」 【PENTAX K-5】

10400系、11400系置換え用の汎用特急車として登場した22000系。
新しいように思いますが、既に登場から20年が経っています。


これで午前の部は、終了。

さて、腹ごしらえをして午後も頑張るぞ!
というところなのですが、撮影途中に右足首を挫いてしまいました・・・。

ほんとにアイタタタッ!

午後は撮影を止めようかと思ったのですが、天気も良く帰るのは勿体ないと、痛みをこらえて撮影続行。
場所を宮川に移しました。


以下、定点での撮影成果をUPします。


 
▲23000系「伊勢志摩ライナー」 【PENTAX K-5】
 
▲21000系「アーバンライナー」 【PENTAX K-5】
 
▲23000系「伊勢志摩ライナー」 【PENTAX K-5】
 
▲50000系「しまかぜ」 【PENTAX K-5】
 
▲30000系「ビスタEX」 【PENTAX K-5】
 
▲50000系「しまかぜ」 【PENTAX K-5】

少し霞がかった空でしたが、多種多様な近鉄特急群を撮影終了。

満足感も大きかったのですが・・・
痛みを堪えながらの帰り道が、いつもより長く感じました。

この撮影記を書いている24日現在もまだ右足首は腫れ、痛みも少しあります。
皆さんもくれぐれも気をつけて?、撮影を楽しんで下さい(^_^;)


 

3月15日(金) 『紀勢貨物最終運行日』

長らく紀勢本線で運転されてきた貨物列車の最終運行日を迎えました。

往路の2089列車は機関車のみの「単機回送」運転。
重連運転時代には、「重単」の姿が見られましたが、単機牽引となってからは最初で最後の姿が、この日となりました。


▲2089レ 【PENTAX K-7】



神志山駅手前の志原川。
鉄橋に飛び出してきたのは、国鉄色の852号機。

この場所で何度となく撮影をしてきた地元のファンと共に、単回の852号機を迎えました。


▲2089レ 【PENTAX K-5】

穏やかな天候。
川面が水鏡となりました。


 
▲2089レ

鵜殿駅に到着した852号機。
駅係員が白旗を振って停止位置を誘導しました。
(※ビデオカメラによる動画キャプチャ画像)


 
▲2089レ 【PENTAX K-5】

本線から貨物線への転線。
普段とは違う新宮方からの進入となりました。


 
【PENTAX K-5】

2089レの乗務を終えた運転士さん。
鵜殿駅へ。


 
【PENTAX K-5】

DD51を見つめる親子連れ。
鵜殿駅で見る機関車は、今日が最後・・・


 
【PENTAX K-5】

工場からの出荷コキの到着まで、構内はDD51のみ。

係員さんが何やら・・・

 
【PENTAX K-5】

コキの最後尾に取り付ける反射板を洗っていました。
鵜殿駅で保管されていたもののようです。


 
【PENTAX K-5】

係員の方が毎日の作業で使用されていたと思われる軍手が、洗濯されて干されていました。
連結器やポイント操作などで付着した油汚れ。
なかなかきれいにはなりません。



 
【PENTAX K-5】

最終日のコキ押し込みは普段と同じ、所定通りの時間でした。
時間に合わせ、係員さんが迎えにいきます。


 
【PENTAX K-5】

貨物線に押し込まれたコキ4両。

普段は2名の係員による作業ですが、この日は4名全員が出勤して最後の貨物業務に当たっていました。


 
【PENTAX K-5】

スイッチャー単機で工場へ戻っていきます。


 
【PENTAX K-5】

コキ車が到着した貨物線では、コンテナの緊締、扉の施錠、ICタグなどの確認が行われます。
最終日、作業の合間に係員同士で交わされる会話は・・・。


 
【PENTAX K-7】

午前中の確認作業も終わり、お昼時。
ファンも腹ごしらえか、少し静かになった鵜殿駅構内。

綺麗な大空に季節の雲が浮かんでいます。


 
【PENTAX K-7】

午後、残り3両のコキが工場から出てきました。
工場から出てくる最後の出荷便。


 
【PENTAX K-5】

その最後の便を紀州工場の社員がお見送り。


 
【PENTAX K-5】

ポイント切り換え。
指差し確認。


 
【PENTAX K-7】

専用線は民家のすぐ側にあります。
庭先には春の花、黄水仙。

国道前で待機する間、鉄道ファンに加え紀州工場社員も名残惜しそうに、カメラを向けていました。


 
【PENTAX K-5】

国道を横切り、最後の便が鵜殿駅へ向かいます。


 
【PENTAX K-5】

日通係員の誘導で、スイッチャーが帰ってきました。

この後、荷役線横の中線へ。
最終日は出番のなかった白ボディの日立製スイッチャーと縦列駐機。

エンジンが止められました。


【PENTAX K-7】

専用線、閉門。

再びこの門が開くときは来ないのか・・・


 
【PENTAX K-7】

日通係員愛用の自転車のカゴには花束が・・・
本当に、お疲れ様でした。


専用線の閉門を見届け、感傷にひたっていると、
JR貨物運転士さんへ花束贈呈の知らせが。


【PENTAX K-7】

紀勢貨物、最後の列車となる2088レ乗務の運転士さんに花束が贈られました。
大勢のファンから惜しみない拍手も。


 
【PENTAX K-7】

2088レの仕業前。
ファンの心こもった「ありがとう紀勢貨物」のボードが。


 
【PENTAX K-7】

休息を終えたDD51 852号機のエンジンが始動します。


 
【PENTAX K-7】

ホーム上でもたくさんの鉄道ファン、親子連れがDD51の雄姿を見守ります。


 
【PENTAX K-7】

駅係員と運転士さんが、作業手順の確認。
阿吽の呼吸で、手を挙げて応えます。


 
▲2088レ 【PENTAX K-5】

普通列車336Cの鵜殿駅出発後、構内踏切で分割されていたコキ車を連結。
2088レの組成完了。

この後、ブレーキテストを行い、上り本線に転線します。


 
▲2088レ 【PENTAX K-7】

貨物線から、上り本線に転線完了。

ホームは普段と同じく、関係者以外立ち入り禁止。

駅舎及び、柵の向こう側に見送りの人々の姿が見えます。


 
▲2088レ 【PENTAX K-5】

上り本線の出発信号が青に変わりました。

井田方の踏切近くでも見送りの人たちの姿が。


 
▲2088レ 【PENTAX K-5】

15:40、定刻。

ホームには、専用線で紀勢貨物に従事した日通の係員の方の姿が。

いつもより長めの汽笛が響きました。
ゆっくり、ゆっくりと・・・別れを惜しみ、関係者やファンへの感謝をあらわすかのように、もう一笛。

最後の紀勢貨物が鵜殿駅を後にし、長い歴史に幕を下ろしました。


 
【PENTAX K-5】

静かになった鵜殿駅。


同じく駅近くで見送った地元の趣友氏と、紀勢貨物に交わる思い出などを語りました。

地元の鉄道ファンにとっても、この紀勢貨物はひとつの交流の場でした。
また、紀勢貨物が縁で、たくさんの方と知り合うことも出来ました。

いつしか、かけがえのない存在になっていたような紀勢貨物。
さよなら、とありがとうの言葉を送りたいと思います。




3月3日(日) 『新宮駅鉄道フェア・紀勢貨物・なつかしのくろしお』

子供二人を連れて、タイトルの一日を楽しんできました。

まずはこの日も紀勢貨物。
貨物列車終点の鵜殿駅に近い撮影ポイントのうち、条件の良い場所は朝早くから撮影者でいっぱいの様子。
自宅出発前に知人から「○○の場所は何人居るよ」の情報をいただきましたので、子連れで安全撮影できる場所へ。

ということで、前日と同じ阿田和の築堤へ。
田んぼに溜まった水もそのまんま残っていました。


▲3004D [DiMAGE A2]

今は娘用となったネオ一眼と呼ばれた旧機で撮ってみました。
8年前の800万画素機、使い方次第では、まだしばらく現役で使えるかも?


9時過ぎの時点では数名が撮影スタンバイ状態。
ここはたいしたことはないか・・・と思ったのですが、貨物列車通過時点では20名ほどに。


▲2089レ [PENTAX K10D]

前日と同じようなアングルですが、息子撮りのカットを。
コンテナ輸送50周年記念の緑色コンテナが載っています。



貨物通過と同時に大半の方が、撤収し鵜殿駅に向かったようです。
帰りに鵜殿駅前を通りましたが、撮影者と思われる車で溢れていました。

慌しく製紙工場への専用線に向かう人も。

紀勢貨物の終わりが近いことを感じますが、くれぐれも事故や迷惑行為の無いことを祈るのみです。
多くの方に注目されるのは嬉しい反面、鉄道ファンが大挙して押しかけることが周辺住民や運行関係者の迷惑や感情の悪化にだけは繋がって欲しくないと、
あらためて思います。


そんなことを考えつつ、「新宮駅鉄道フェア」へ。
2日、3日の両日開催されていたのですが、息子は学校行事で2日に行けなかったので、この日に行ってきました。

オーシャンアローに乗ったり、貴重な展示物に見入って楽しんでいました。
私も旧知の鉄仲間と楽しい時間を過ごしました。


▲鉄道フェア会場の入り口には、大きなバルーンゲート。


▲会場の様子。

左に見えるのは起陸車。中央は撮影会の主役、国鉄色381系。


▲381系。

このあと、ヘッドマークのシートが剥がされ、幕スクロールの撮影大会となりました。


▲ミニオーシャンアローに乗車中の子供たち。

このほか、ミニSLや「EH500-903!」もありました。


▲展示物の一部。

こんな中で鉄道談義をしていると時間の経つのを忘れてしまいそうになります。



鉄道フェア会場を出た後は、ジオラマ展示を見学し、「なつかしのくろしお」の撮影に向かいました。

しかし、どこも撮影者がいっぱいの状態。
運良く知人の構える場所に入れていただき、復路の撮影に成功しました。
(ありがとうございました!)


▲9052M [PENTAX K-5]


▲9052M [PENTAX K10D]

私は横構図、息子は縦構図、娘は?構図で(笑)


知人とお連れの方とはここでお別れして、私たちは遅めの昼食を摂り、今度は紀勢貨物へ。
貨物の後は、普通列車、ワイドビュー南紀を撮影して帰宅。

嫁さんが作ってくれたちらしずしで、雛祭りをお祝いしました。


▲3005D [PENTAX K-5]

親子3人で、この日最後の撮影。
空には、自然の生み出す雲のアートが浮かんでいました。



 
 

3月2日(土) 『新宮鉄道100周年・紀勢貨物・なつかしの くろしお』

旧新宮鉄道の本開業100周年を記念した、さまざまなイベントが開催されました。
東へ西へ、ばたばたと慌しくも楽しい一日でした。

まず、朝は紀勢貨物の撮影へ。


▲325D [PENTAX K-7]

前夜の雨で、田んぼには水が。
風の冷たい朝でしたが、3月に入り、冬枯れの景色にも少しずつ変化の兆しが見られます。


▲2089レ [PENTAX K-7]

ここ、阿田和の築堤での撮影は久しぶりでした。
足回りが雑草の枯れ枝で隠れがちですが、一時よりはマシな状態。

綺麗な水鏡ではありませんが、水面に映る貨物が撮れるのも、最後なのかも知れません。


この後、鵜殿駅でDD51の入換えを眺めてから、新宮駅へ・・・


▲式典開始前の新宮駅 [PENTAX K-5]

新宮駅前の広場で、本開業100周年を祝う式典が開催されました。

式典の他、地元特産品や鉄道グッズの物販も行われました。


▲新宮鉄道開業100周年記念号が到着 [PENTAX K-5]

紀伊勝浦から新宮駅まで、開業100周年記念列車が運転されました。
式典出席の来賓者や開業当時、大正の時代衣装を着た70人、そして一般乗客が降りたちました。


▲改札を出て式典会場へ [PENTAX K-5]

時代衣装を着た人達も式典に出席します。

駅舎は変われど、100年前も列車が到着する度に、このような賑わいがあったのだと思います。


▲100周年記念号に充当された105系電車 [PENTAX K-5]

61運用の間合いで運された臨時列車。
SF002編成がこの100周年記念号と洗浄体験に使用されました。


▲めはりさん と105系 [PENTAX K-5]

新宮市のTwitterキャラクター「めはりさん」。
熊野名物の高菜のおにぎり「めはりずし」を基にデザインされたキャラクターが、お出迎え。

式典会場でも活躍していました。


▲来賓の挨拶に耳を傾ける [PENTAX K-5]

出席者が揃い、記念式典が始まりました。


▲新勝鉄道唱歌 [PENTAX K-5]

コーラスグループによる「新勝鉄道唱歌」が合唱されました。


▲記念碑の除幕 [PENTAX K-5]

最後に関係者により、記念碑の除幕式が行われました。


▲「新宮鉄道100周年」記念碑 [PENTAX K-5]



▲商店街を歩く  [PENTAX K-5]

大正時代の衣装をきた約70名の男女は、西村記念館まで商店街を練り歩きました。
この日は市内の商店街でも協賛のイベントが開催されており、彩りを添えました。


式典を見終えた後は、「なつかしの くろしお」号撮影に、西へ向かいました。


▲9053M  [PENTAX K-5]

新大阪〜新宮間で運転された「なつかしの くろしお」の往路。
国鉄色と言われる塗装は、昭和53年電化開業当時にデビューした塗装。


「14年振り」となっていますが、車両運用の都合等で国鉄色編成が代走起用され、新宮まで顔を見せる
ことが、2010年まではありました。
(当サイトでも2008年3月の撮影記&トピックス」で紹介。


▲9053M  [PENTAX K-5]

碧い海が広がる、玉之浦の海岸線をゆく国鉄色の381系。


素晴らしい景色の中、余韻にひたりながら再び東に向かいます。


▲2088レ  [PENTAX K-7]

鵜殿駅を出発し、稲沢へ向かう紀勢貨物。
TOPページでは横構図を紹介しましたが、もう1台のカメラで撮った縦構図を。

雲の動きにヒヤヒヤしましたが、列車通過時にはこれも素晴らしい情景が広がっていました。


      2013年 2月 2013年 1月
          2012年 7月
2012年 6月 2012年 5月 2012年 4月 2012年 3月 2012年 2月 2012年 1月
2011年12月 2011年11月 2011年10月 2011年 9月 2011年 8月 2011年 7月
2011年 6月 2011年 5月 2011年 4月 2011年 3月 2011年 2月 2011年 1月
2010年12月 2010年11月 2010年10月 2010年 9月 2010年 8月 2010年 7月
2010年 6月 2010年 5月 2010年 4月 2010年 3月 2010年 2月 2010年 1月
2009年12月 2009年11月 2009年10月 2009年 9月 2009年 8月 2009年 7月
2009年 6月 2009年 5月 2009年 4月 2009年 3月 2009年 2月 2009年 1月
2008年12月 2008年11月 2008年10月 2008年 9月 2008年 8月 2008年 7月
2008年 6月 2008年 5月 2008年 4月 2008年 3月 2008年 2月 2008年 1月
2007年12月 2007年11月 2007年10月 2007年 9月 2007年 8月 2007年 7月
2007年 6月 2007年 5月 2007年 4月 2007年 3月 2007年 2月 2007年 1月
2006年 8月 2006年 5月 2006年 4月 2006年 3月 2006年 2月 2006年 1月
Copyright (C)1998- 2012  Hideaki Onaka  All Rights Reserved.