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 ■撮影記&トピックス

5月26日(日) 『JR東海 キハ48乗車』

普段は撮り中心の鉄趣味ですが、子供二人を連れて「ちょい乗り」を楽しんできました。
乗車したのキハ48×2両編成の328C。
新宮〜熊野市間の短かい距離でしたが、楽しい時間でした。


ボックスシートの並ぶキハ48の車内。
 
 
新宮駅出発前

3番ホームにJR西日本の105系が入線。
国鉄型同士が顔を合わせました。

105系は和歌山線用の4扉車、そして春日色という純国鉄風(?)


 

ガラス張りの待合室に映る二つの車両。
ホームを挟んでいるはずなのに、隣合わせているような錯覚に・・・


 
鵜殿駅

新宮を出て最初の駅は鵜殿。
ちょうどキヤ95が交換待ちでホームに停まっていました。


無人駅での扉開閉は乗車・降車ともにお客さんが開閉スイッチを操作して行います。


神志山駅

新宮〜熊野市までの間は無人駅ばかりですが、この神志山駅はの開業当初の入母屋造りの駅舎が残っています。
画像では切れていますが、現駅舎の隣に新しい駅舎を建設中。
この駅舎も近々取り壊されてしまうようです。


 
 
隣の紀伊市木も開業当初の駅舎。
木造の柱に付けられている駅名票をキハ48の車内から


 
5月も終盤。
沿線の緑もずいぶんと濃くなってきました。

 
ボックスシート越しに緑の壁が流れていきます。

 
 
 
熊野市到着

夏空が広がっています。


 
キハ48の発車をお見送り。

車両は交代してもこうした光景は変わることはないでしょうね。


 
 
 
 

5月17日(金)〜19日(日) 『皇太子さま 三重県をご訪問』

表題の通り、皇太子さまが三重県をご訪問されました。
これは18日に紀北町で開催された「みどりの愛護のつどい」にご出席されるとともに、周辺地域を視察されました。

17日は午前に新幹線で東京をご出発。
ワイドビュー南紀5号で三重県入りされました。


▲3005D ワイドビュー南紀5号 [PENTAX K-5]

前から2両目、5号車のキロハ84にご乗車されたそうです。
海側に座られたようで、お姿は見ることが出来ませんでした。

新緑の美しい三瀬谷鉄橋付近。
新宮方に2両増結の6両編成でした。

尾鷲市到着後、熊野古道センターを視察され、紀北町へ移動しご宿泊。


▲3008D ワイドビュー南紀8号 [PENTAX K-5]

尾鷲市から紀北町への移動は再び列車移動。

画像は、紀伊長島近くの紀伊長島郷土資料館付近。
大勢の一般市民が、お姿を一目見ようと集まっていました。

※以下2枚同





皇太子さまも手を振ってお応えされていたそうです。

翌18日は紀北町の熊野灘臨海公園で開かれた第24回全国「みどりの愛護」のつどい式典にご出席。
同日午後は、大台町の旧宮川村にて2004年9月の台風21号被害の復旧状況を視察されたそうです。


19日は紀北町、燈籠祭の大燈籠製作会場「ふれあい広場マンドロ」(紀伊長島駅近く)をご視察。
その後に世界遺産、熊野古道伊勢路「馬越峠」を散策された後、帰京されました。


▲3001D ワイドビュー南紀1号 [PENTAX K-5]

19日の列車移動、馬越峠に向かうために尾鷲市へ。
列車は17日同様に、5・6号車を増結した6両編成を使用。

一見すると繁忙期の南紀号と変わりなく見えますが、5号車のキロハ84が方転され、通常とは逆向きに組成されているのが特筆されます。


▲回9001D(?) [PENTAX K-5]

3001Dの後追いでやってきた予備編成。
“回送”表示でやってきました。

本務列車に不具合が発生した場合などに備えての編成で、本務編成と同じ6両編成です。
異なるのは基本4両編成中のキロハ84に代わり、キハ84が充てられている点でしょうか。


今回、意外と列車撮影の“鉄チャン”は少なかったように思います。
19日の撮影場所も、私と息子と知り合いがお一方。そして沿線警戒の警官1名でした。

そうそう、初めて“職質”を受けました(笑)


▲臨回???? [PENTAX K-5]

予備編成を撮影して新宮へ戻る途中、船津駅にキハ85の3両編成が停車していました。
いわゆる、「露払い」と呼ばれる列車だと思われます。


▲3006D ワイドビュー南紀 [PENTAX K-5]

新宮への帰路、3001Dに使用された編成が、折り返しの3006Dでやってきました。
馬越峠に登られた皇太子さまは、この3006Dに乗車され帰京の途につかれたとの事です。

新宮方先頭車ともども鹿除け用の特殊スカートを装着。
車体は綺麗に磨かれていたように思います。


19日の午後はあいにくの雨となりましたが、無事に三日間の行啓を終えられました。
私自身は直接お姿を見ることは出来ませんでしたが、訪問地の奉迎の様子や警備状況を見ると、凄い出来事の中にいたのだなと実感しました


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